201008公開、201701改訂

1.日本の公衆浴場の歴史的な流れ

我が国では、古来から庶民の日常的な生活習慣として風呂文化が根付いている。古くは石風呂や釜風呂に始まり、寺社の施湯、湯屋、銭湯というように、生活習慣であると同時に公衆浴場業というビジネスとしても発展してきた。

ただし温浴設備に飲食や休憩機能、リラクゼーション等の各種サービスを組み合わせた大型温浴施設となると歴史は比較的浅く、本格的な大型温浴施設が登場したのは1955年創業の船橋ヘルスセンターが草分けとされており、まだ半世紀ほどしか経過していない。

現在老舗と言われる著名な温浴施設の多くがこの時期に創業している。

【図表】老舗温浴施設創業年一覧(ハワイアンズ、ニュージャパン、有馬ヘルスセンター、天山、その他)

この半世紀で見ると、公衆浴場(銭湯)の減少とその他公衆浴場(温浴施設)の増加が一貫したトレンドであった。これは、我が国の経済成長による自家風呂の普及と、それに伴う身体を洗う場としての銭湯の減少、さらにその反動としてレジャーやリラクゼーションの場としての温浴施設の台頭、というように理解できる。

温浴施設業界は、前述のヘルスセンターにはじまり、健康ランド、スーパー銭湯、そして日帰り温泉と、その時々に時代をリードする業態を交代しながらも、ほぼ右肩上がりの成長を続け、2007年には公衆浴場(銭湯)とその他公衆浴場(温浴施設)を合計して、28,792施設に達した。

しかし、2007年が最多公衆浴場数となって以降、我が国の公衆浴場数は減少傾向に転じている。これは経済成長の鈍化だけでなく、全国的な温浴施設の普及が一巡し(競争激化)、消費者の嗜好が変化するなどの複合要因によるもので、新規出店ペースが鈍ると同時に廃業件数の増加傾向もみられる。

【図表】公衆浴場数・公営-私営別、許可・廃止・処分件数(年次別)

【図表】上記をグラフ化

特に2006年秋には、建築基準法の改正によって新規開業案件の進行がストップしただけでなく、道路交通法の規制強化(飲酒運転)による郊外型温浴施設の利用控えと飲食客単価のダウン、岩盤浴バッシング報道による利用者減など、既存施設にとっても厳しい出来事が相次ぎ、売上前年割れを起こす施設が続出した。2006年は業界が成長期から成熟期へと転換した分岐点と言われている。

2.温浴市場規模は縮小傾向

温浴市場に関して、その実態を正確につかむことは難しい。これは、各業態(銭湯、サウナ、健康ランド、スーパー銭湯、日帰り温泉、その他)を網羅的に活動している業界団体がなく、また温浴業界に対する公的な統計調査も極めて少ないことに起因している。マーケティングの基盤が貧弱であることは、今後の業界発展のための大きな課題のひとつであろう。

ひと口に市場規模といっても、対象とする業態やその調査・統計の手法によって結果は多種多様となる。実際に各種調査機関や団体から発表されている温浴市場規模の数値も、数千億円から1兆円以上まで、大きな開きがあるようだ。

官公庁や業界団体の各種統計調査が進んでいる流通業界などと違って、温浴業界にはきちんとした統計データがまだ存在していない。強いて言えば厚生労働省の「衛生行政業務報告」で、公衆浴場を4分類(銭湯、サウナ風呂、ヘルスセンター、その他公衆浴場)に分類した統計が最も継続的に行われており信頼性が高いと思われるが、「衛生行政業務報告」は施設数だけの調査であり、これだけでは市場規模を把握することはできない。

温浴市場規模を把握するには、いくつか前提条件を明確にする必要がある。

(1)    市場規模の対象とする業種、業態は何か?

公衆浴場だけでもいろいろな業態がある。近年登場した岩盤浴施設も公衆浴場の1種とされつつあるが、まだ公衆浴場の統計にはカウントされていない。同様に砂風呂、酵素風呂、ゲルマニウム温浴などの業種も、公衆浴場の統計にはカウントされていない。
さらに旅館やホテル、フィットネスクラブ、エステサロン、美容室、飲食店、アミューズメント施設、介護施設などの異業種における温浴サービスをどう考えるかといった点も残されている。これらの業種では温浴以外の商品やサービスが主力で、温浴は構成要素のひとつという位置づけであるが、温浴設備を有することは確かである。こういった市場をどのように考えるのかということが整理されないと、市場規模の議論は無意味になってしまう。

 (2)  市場規模の対象とする売上は何か?

公衆浴場の売上には、入浴料以外に飲食やマッサージなどの様々な付帯収入が含まれている。銭湯において付帯収入の占める割合はわずかだが、例えば健康ランドになると入館料売上は全体のおよそ4割程度であり、ここに施設全体の使用料と着替えやタオルの費用が含まれている。残りの6割は飲食やマッサージその他部門の売上となっている。この付帯部門収入を温浴市場としてカウントするか否かによって、市場規模の推計は大きく変化することとなる。

 これらの条件を考慮し、ここでは以下のような前提条件を決めて、市場規模を試算してみよう。

(1)  施設数
最も継続性・信頼性が高い厚生労働省の「衛生行政業務報告」に記載されている施設数を試算のベースとし、業態別の標準売上(仮定)を乗じることで市場規模とする。ただし、「衛生行政業務報告」の業態分類は自己申告制であり、その基準が極めて曖昧であるため、一般公衆浴場(銭湯)とその他公衆浴場(温浴施設)の2分類で考える。

(2)  業態別売上高
一般公衆浴場の平均的な年間売上を20百万円、その他公衆浴場(温浴施設)の平均的な年間売上を1.2億円と仮定する(筆者の経験則による)。

(3)  付帯収入を除外
付帯収入は業態による差が大きいため、標準的な業態別収入構成比を考慮して付帯収入は除外する。(銭湯は売上の90%、温浴施設は売上の50%が入浴料であると仮定する)

 以上によって、日本全国の入浴料市場が年間にどのくらいの金額となっているかを試算すると、

銭湯市場→20百万円×90%×4,000件≒720億円

温浴施設市場→120百万円×50%×17,000件≒1兆200億円

年間入浴料市場規模合計≒1.1兆円

というマーケットボリュームになっているのではないかと推定できる。

また、この条件設定をもとに「衛生行政業務報告」の公衆浴場数年次推移から試算すると、2007年度までは市場規模は拡大(2005年の急減少は、統計方法の変更によるものと想定される)し続けてきたが、2008年はついに市場規模全体が減少に転じたと見ることができそうである。

年間売上が数千万円の公共温泉から数十億円の大型温浴施設まで、事業規模に大きな幅のある温浴施設業界における平均的な年間売上を仮定すること自体に無理があり、前述の市場規模数値はあくまでも試算の域を出ないが、市場規模を把握することはマーケティング戦略や事業計画における売上予測を行う上で、非常に意味のある数値と言える。(具体的な活用法は別の機会に述べる)

近い将来に、業界団体や所轄官公庁による、実態に則した統計調査が継続的に実施されるようになることを期待したい。

3.進む温浴業態のボーダーレス化

 現在、温浴施設には「公衆浴場」「銭湯」「ヘルスセンター」「サウナ」「健康ランド」「クアハウス」「スーパー銭湯」「日帰り温泉」「スパ」「アクアパーク」など、様々な業態に対する呼称があてはめられている。

 「一般公衆浴場」と「その他公衆浴場」には、公衆浴場法による明確な区別が存在しているものの、温浴業態に対する呼称には明確な基準が存在しているわけではなく、施設規模や入浴料の大小、館内着の有無、天然温泉の有無、付帯部門の充実度、コンセプトなどによって感覚的に区別されてきたに過ぎない。

 さらに近年は、競合環境の激化によって典型的な健康ランドやスーパー銭湯業態が出店するケースは少なくなっており、差別化のために近隣施設との違いを打ち出す温浴施設が増えてきた。具体的には健康ランドの小型化や値下げであったり、逆にハイグレードなスーパー銭湯や日帰り温泉であったり、といった手法である。

 これによって、業態を区別する基準はますます曖昧となってきており、強いて挙げれば館内着の提供の有無(=滞留時間の長短)以外に、もはや各業態を明確に区別することは不可能になりつつある。

 今後も様々な形で差別化を狙った業態が登場すると予想されるが、「新業態」として新しく分類されるというよりは、温浴施設の変化の一類型と見なされる可能性が高い。

4.岩盤浴ブームの帰趨

 2002年頃から、岩盤浴あるいはヒーリングサウナなどと呼ばれる、着衣で入る新しいタイプの低温サウナを取り入れる温浴施設が登場し、人気を呼んだ。集客の新しい目玉として温浴施設に導入するメリットは大きく、全国で導入が相次ぐと同時に、岩盤浴専門店と呼ばれる小型店も次々と出店し、ピーク時には全国で2,000箇所近い岩盤浴施設が存在していた。

しかし、週刊誌の報道等がきっかけとなって「岩盤浴は不衛生」という風評が広がり、加熱気味だったブームは一気に沈静化した。もともと安易にブームに乗ってマーケット環境や立地条件を十分考慮せずに出店していたケースや、内容に見合わない料金設定をしていた専門店などは売上が半分以下に落ち込み、廃業が相次いだ。現在は温浴施設における付帯施設としての岩盤浴を含めて全国で1000箇所程度となっているようである。

 岩盤浴は、従来の温浴施設(お風呂やサウナ)が対応できなかった

 (1)    低温でじっくり入るため、サウナが苦手な人でも発汗できる

 (2)    着衣のためプライバシーが保たれる

 (3)    着衣のため、男女が一緒に楽しめる

といった価値を提供しており、新しい入浴習慣を提供する可能性をもった温浴設備であると言うことができる。

快適性や安全性に十分配慮した形で岩盤浴を提供している温浴施設では、多くのファン客がついており、現在は加熱したブームは去ったものの、定番温浴アイテムのひとつとして認知され、一定のマーケットが定着着したと見て良いのではないだろうか。

一時期は安全衛生上問題のある施設や、床などに敷く鉱石の効能を過剰に謳っている施設も存在したが、現在は目に余るようなケースは少なくなっており、我が国の岩盤浴は、これからも質を高めながらゆるやかに発展していくものと考えられる。

5.温浴業界の最新トレンド

ここまで見てきたように、近年の温浴業界は、

・1950年代~銭湯の衰退とヘルスセンターの登場

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・1980年代~健康ランド、スーパー銭湯の台頭 

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・1990年代~新規出店ラッシュと競合激化

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・2000年代~浴槽種類や岩盤浴、炭酸泉などのアイテムの差別化競争と、グレードの差別化競争による業態ボーダーレス化

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・2010年代~温浴マーケットが成熟期を迎え、新規出店ペースが鈍化すると同時に閉店廃業が増加し総施設数が減少に。 建築費の高騰に伴い新規出店は資金力がある企業による大型施設開発が中心となり、一方で事業再生への取り組みも増える。

という変遷をたどってきた。あらゆるアイテムが普及し、入館料300円から3000円までさまざまなグレードの温浴施設が出店する中で、消費者にも温浴施設の品質を見極める目が養われつつある。

施設規模や設備などの「モノ」的な豪華さを競いあうことには自ずと経営的な限界があり、今後はリラクゼーションや美容、健康などの目に見えない「コト」に対する満足度が問われる時代となってこよう。設備アイテムについても単に目先を変えるだけではなく、発汗であったり美肌であったりというような具体的な効果や健康増進を体感できるかどうかが問われるようになってきている。

そしてリラクゼーションやエステなどのトリートメントサービスのレベルアップ、専門飲食店と比べても遜色ない飲食部門、サウナでのロウリュなどの新しいサービスが注目されている。今後は、これらを支えるノウハウや人材といったソフト面こそが重要な時代になってくるものと考えられる。

6.廃業と事業再生案件の増加

 温浴施設市場のライフサイクルが導入期から成長期へと移行し、未出店地域の面取り合戦の時代から、現在は既存店同士の競争の時代へと移り変わりつつある。

 またスーパー銭湯を中心にハイペースな新規出店が続いた時期(90年代後半)から20年近くが経過し、老朽化や陳腐化による業績低迷を回避するためにも浴場設備も含めた大規模な改修(億単位の追加投資)が必要なタイミングを迎えている施設は多い。

 温浴施設は一般的な商業施設と違い、浴場周りの特殊設備があることによって、他の用途への転用が難しい。解体撤去ということになれば、RC造だと坪あたり5万円~10万円の撤去費がかかると言われている。1000坪×10万円なら、1億円の撤去費となる。温浴事業をスタートしたら、事業としての寿命が尽きるまで、温浴施設として継続する以外の選択肢はほとんどないのである。

 しかしながら、億単位の追加投資となると、その資金調達力はもちろんのこと、追加投資を回収できるだけの改装プランと事業計画を組み立てる必要があり、その力がなければ有効な手だてもないまま業績を下げて経営破たんを迎えるか、廃業や施設の売却といった選択をせざるを得ない。残念ながら2006年以降はそのような案件が急激に増えているのが現実である。

7.求められる事業再生力

 前述のように施設の老朽化や陳腐化による大規模リニューアル、あるいは経営破たん、廃業、売却を経ての事業者交代など、大規模な改装工事を伴う事業再生フェイズを迎える温浴施設は近年急激に増えている。

 ところが、肝心の「どのようにして温浴事業を再生するのか」という方法論が曖昧なまま不動産売買や改装工事が先行し、結果として事業再生に失敗してしまうケースも少なくない。

 温浴事業の再生には、

(1)    なぜ事業再生が必要なところまで経営不振に陥ったのか(原因把握)

(2)    経営改善の可能性をどこに見出せるのか。(事業戦略)

(3)    事業再生を実現するためには、どのようなリニューアルと運営が必要なのか(再生計画)

(4)    万難を排し、再生計画を遂行する力

が求められる。言い換えると温浴施設という特殊性の高いビジネスを十分に理解し、正しい再生計画を構築し、それを実行しきる力を持った事業主体でなければ、温浴事業の再生は難しいということでもある。

 現在の温浴事業会社が設立された経緯は、多くの場合、不動産の有効活用が発端であり、また施設運営の難易度がさほど高くないと認識されてきたために、オーナー会社のサイドビジネスとして、直営で事業化されるケースも多かったのが現在の温浴業界である。しかし、時代の移り変わりとともに、そのような取り組み方では事業再生はもちろん、健全な状態で事業を維持させることも難しくなってきている。

 新規参入が相次ぐ温浴施設開発ラッシュは沈静化したとはいえ、日本人の風呂好き、温泉好きは今日にはじまったことではなく、温浴事業は、加熱したブームに乗った一過性のビジネスではない。また、高齢化社会の到来や健康志向の高まりなど、温浴事業を取り巻く経営環境は追い風であり、長期的にもその傾向が続くものと考えられる。

 今後も事業再生案件は増加するものと予想されるが、優れた経営ノウハウや人材を持った温浴施設の運営会社(オペレーター)が台頭してくるとともに、ホテル業界などに見られるマネジメントコントラクト(管理運営業務委託)方式が普及しながら、温浴ビジネスはさらなる発展を遂げてゆくものと考えられる。

(望月 義尚)