I.自施設の課題・問題点の把握

1.温浴事業の再生に取り組むにあたって

 温浴事業の再生で最も大切なことは、「なぜ事業再生が必要なところまで経営不振に陥ってしまったのか?」───まずその原因を正確に把握することである。

 温浴事業の場合、通常の商業施設のように、商品やテナントを入れ替えるだけで売上や利益水準が一変するような可能性は残念ながら多くない。経営不振に陥った温浴施設の業績を改善するためには、やはり大規模なリニューアルが必要であることが多く、そのリニューアル工事には多額の投資が発生するのである。原因を正確に把握しないまま多額の投資をすることは、何の病気か分からないまま身体にメスを入れるようなものである。リスクが大きすぎるし、再度失敗に終わる可能性が高い。

「そんな馬鹿なことをするはずがない」と思われるかも知れないが、実際に大規模改装をしたにもかかわらず業績がほとんど改善しなかった事例や、廃業と再オープンを何度も繰り返した事例が存在している。

そのようなことが行われてしまう理由は、「温浴施設は装置産業だから、ハードを新しく立派にすれば大丈夫。」といった安易な見込みによるものであろう。

先に【CHECK!】 温浴施設業界の歴史と現状で述べたように、いまや温浴事業のライフサイクルは成長期から成熟期へと移り変わっており、誰でも参入すれば成功できた時代ではなくなっている。複数の競合施設としのぎを削り、目の肥えた消費者の要求に応え続けなければならないビジネスになったのである。さらに言えば、温浴事業とは公衆浴場業だけでなく飲食業や小売業、エステ業・マッサージ業etc.といった業種の複合体であり、それぞれの部門を専門店と比べても遜色ないレベルで経営しなければならないという意味では、非常に難易度の高いビジネスであるということを知らなければならない。

 事業再生が必要なところまで経営不振に陥った原因とは、大別すると

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A ボタンの掛け違い

開業時から一度も満足できる業績に達することなく、事業継続を断念するケース。開業当初の事業戦略や施設の構造そのものに大きな問題がある可能性が高い。

B 時代の変化に取り残されてしまった

開業から十年以上が経過し、当初は好調であった業績が年々低下し、ついに経営不振となったケース。全体的な施設老朽化と、運営力の不足という原因が複合している可能性が高い。

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の2つに分けられる。Aの場合は問題が特定できたとしても、その改善となると戦略的な方針の大転換や大規模な施設改造が必要になるなど、難易度が高い場合が多い。逆にその原因が解消されれば、抜本的な事業性の改善が期待できる。

Bの場合はひとつひとつの問題についての改善の難易度は比較的低いものの、問題が多岐に渡って複雑に絡んでいる可能性があり、丹念に調査しながら、事業再生の可能性を見極める必要がある。

いずれにしても、経営不振の原因をつかみ、それを払拭できるかどうかということが、事業再生に着手するにあたっての判断の分かれ道となるのである。

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2.ポテンシャルからのマクロな判断

 さらに、もうひとつのアプローチとして、経営環境と経営資源からマクロに判断する方法がある。

経営環境とは、端的に言えば商圏人口である。小商圏(車で移動15分程度の近隣)のエリアに10万人クラス、あるいは大商圏(車で移動30分程度の広域)に30万人クラスのマーケットボリュームがあるかどうかということである。これを満たしていれば、新規開業の一般的基準に照らして温浴事業成立の可能性が期待できるということであるし、この基準に満たない場合は、事業成立には相当に高度なマーケティング戦略が要求されるということになる。もちろん、その商圏内に競合施設があれば、その力関係も考慮しなければならないが、そもそもの事業の出発点として、自施設をとりまく商圏人口が最も基本的かつ極めて重要な判断材料となるのである。

さらに、温浴事業再生に対してプラスとなる経営資源を確認する必要がある。経営資源とは、具体的には土地、建物、借景、周辺集客要素、温泉、給排水環境、そして運営力が挙げられる。それぞれの要素の解説は後に述べるが、これらの経営資源が他店との差別化や自店の業績改善にどれほど寄与するかを検討し、前述の経営環境(商圏人口)と考え合わせた時に、そもそも温浴事業がうまく行く可能性が高いのかどうかが判断できるはずである。

実際に詳細な部分の調査診断や改善計画、改装計画に進んでいくには、多大な労力(時間と費用)が発生する。「そもそも温浴事業がうまく行く可能性が高い」という前提があれば、その労力をかけることもできるし、途中でどのような障害にぶつかろうとも乗り越えていけるのではないだろうか。

 温浴事業の再生とは、少なくとも土地建物や設備、過去の経営情報などが既にある状態からのスタートであり、ゼロからの出発ではない。いま有るものの中にプラス要素を見い出し、そこを出発点と考えれば、新規に開業するよりも必ず低コスト、低リスクで事業再生は実現できるはずなのである。

3.現状調査と事業再生の視点

事業や不動産が売買される際には、果たして本当に適正な投資なのか、また投資する価値があるのかを判断するために、事前に詳細な調査を行う(事業精査=デューデリジェンス)。あるいは、大規模リニューアルを行う際にも、どのようなリニューアルをすることで業績が改善するのか、どの程度のリニューアル投資が適正なのかを検討するために、同様の調査診断が行われる。

 「装置産業」という安易な認識のもとに、無計画な改装工事を行ったり、競売物件で安く入手できるからということで、詳細調査のプロセスを省いて売買が行われることがあるが、事業の成功を期待するのであれば、このようなやり方は絶対に避けなければならない。

どのような事業主体であれ、事業再生が必要なところまで経営不振に陥ることをわざわざ望むはずはなく、そこに至るまでには業績回復のための様々な努力のプロセスがあったはずである。それにも関らず回復できなかったからこそ事業再生フェイズになっているのであり、誰にでも簡単に再生できるようなことであればそもそも事業再生という事態にはならないであろう。

より確実な事業再生計画を構築するためには、「マーケティング情報」「損益計算書や営業月報などの数値資料」「これまでの経営、運営実態に関する情報」等の詳細な分析を行い、経営不振に陥った原因と、事業再生を実現するための方策を見出すことが肝要である。

(1)マーケットからみる

(1)開業当初とはマーケットも変わっている

 開業から5年、10年と時間が経過すれば、転出入や出生、死亡による人口の変化はもちろんのこと、交通環境、競合環境も大きく変化していることであろう。仮に開業時に十分な市場調査を踏まえたマーケティング戦略を構築していたとしても、現時点、そして今後もその戦略が通用するとは限らない。

どのような商圏や客層を狙い、何を集客の核として、どのような価格設定で、どのような告知手段で、どのようなサービス内容で…といったことは事業の根幹であり、収益を最大化するためには、常にそのマーケット環境に合わせて最適化されていなければならない。

事業再生に取り組むにあたっては、当初どのような環境に対してどのようなマーケティング戦略があったのか、その後どのような環境変化があったのか、今後どのような環境変化が起きうるのかを把握することが重要である。

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外部環境分析の項目例

1.ロケーション(局地立地)分析

・敷地概要(規模、形状、給排水状況)

・視認性

・敷地への導入

・借景、自然環境

・周辺集客要素

・上位計画の確認

2.アクセス(交通環境)分析

・想定される交通手段と利便性

・公共交通手段の将来計画確認

3.マーケットポテンシャル分析

・トラベルタイム商圏人口(移動にかかる時間ごとの商圏の広がり 10分、15分、20分、30分…60分)

・昼夜間人口、年齢構成等の統計分析

4.競合環境分析

・周辺競合店分布状況

・出店計画、温泉掘削申請の確認

・価格/価値比較調査

・施設スペック比較調査

・マーケットシェア分析

5.市場性の検証

・マーケットシェアによる売上予測シミュレーション

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(2)マーケティング戦略の検証

 商圏(来店するお客様の居住地域)範囲は、主にその店舗が持っている集客の目的性によって決定される。日常性や利便性を主体とした集客であれば近隣(小商圏)からの集客が多くなり、非日常性や専門性・独自性が高まれば、より遠方(大商圏)からの集客が可能となる。

一般的な商業施設の業態分布をその集客目的と交通手段から考察すると、最も商圏範囲が小さいのは生活利便性を徹底的に追求したコンビニエンスストアであり、百貨店に代表される目的性の高い購買行動では商圏範囲は広域となる。

温浴業態においてもまったく同様の傾向が見られ、必要入浴(日常生活をする上での入浴)に対応する業態である銭湯の商圏範囲が最も狭く、大型レジャー施設や都市型サウナ、観光型日帰り温泉の商圏範囲は広い。

 集客力は近距離であるほど影響力が強く、「距離の二乗に反比例して低下する(ライリー・コンバースの定理)」ことから考えると、大商圏を対象とする方がマーケティングの難易度は高くなると言えよう。

事業再生においては、既存の商圏範囲がどの程度であったかを把握する必要がある。会員制度やアンケートなどによって顧客名簿を保有していれば、その住所分布を確認することで実際の商圏範囲を把握することができる。名簿がない場合は、業態から小商圏型であれば車で15~20分圏、大商圏型であれば30分程度と考え、大まかに商圏範囲を規定することもできる。いずれの方法であっても、まずはその商圏範囲内の人口を確認したい。

商圏人口が把握できれば、【温浴業界の歴史と現状】で述べた全国の入浴料市場規模より、当該商圏内の市場規模を算出することができる。

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1.1兆円÷1億2千万人≒9,000円/年(概算)

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つまり、日本人ひとりあたり平均して年間およそ9,000円の入浴料を支出していることになるので、

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当該商圏人口×9,000円=当該商圏の市場規模

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となる。そして、

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自店の年間入浴料売上÷当該商圏の入浴料市場規模=自店の市場占有率(マーケットシェア)

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を算出することができる。

市場占有率の数値が示す意味を詳しく知りたい方は、ランチェスター理論等の研究をご参照いただくとして、まずは実際に当該商圏内でどれだけのシェアを獲得できているのか、競合店との力関係はどうなのか、を確認していくことが大切である。

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自店の入浴料売上高=商圏人口×9,000円×シェア

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であるから、売上を増やすためには、商圏人口を増やす(商圏範囲の拡大)か、シェアを高める(競合店に勝つ)しかない。今後の売上アップの方向性が既存商圏内でのシェアアップなのか、それども商圏範囲の拡大なのか、この2つのマーケティング戦略は全く異なる方向性なので、これを理解するだけでも、事業再生のためのマーケティング戦略における重要な指針を得ることができるのである。

また、もし過去にこのような考え方でマーケティングに取り組んでこなかったとしたら、事業再生においては、あらためてマーケティング手法を見直す必要がある。よくあるケースが、先に客数を予測することにとらわれてしまい、あとで適当な客単価を乗じて売上を求める方式であるが、これは価格設定によっていかようにも売上予測が変化することとなり、危険である。現実には価格設定を変化させれば、客数は反比例して変化するものであり、次に述べる価格設定の検証も含めて、先に売上予測からアプローチしなければならない。

マーケット環境から期待できる売上予測と、過去の売上実績がかけ離れているとすれば、そのギャップが生じた理由を究明することで、事業再生の道筋(マーケティング戦略)が見えてくる可能性があるのである。

(3)価格設定の検証

温浴施設の入浴料(入館料)は、下は300円程度から上は3,000円以上と様々である。

しかし、温浴業界においては、どのような設備やサービスがあればいくらの料金に設定されるのか、という基準が曖昧であり、結果として、割高感のある施設と割安感のある施設が混在している。

また、地域によっては価格競争が激しく、全体的に値崩れを起こしてしまっているところもある一方、施設数の少ない未成熟な地域では高い料金設定でも通用しているケースもある。地域によって内容と料金設定のバランスにはバラツキがあり、同じ内容であっても地域によって評価は異なっているため、地域の価格相場を把握することが必要となる。

消費者は温浴施設に入店してから退店するまでの間にさまざまな設備やサービスに接する。そのひとつひとつにグレード感があり、感じたグレード感の積み重ねが実際に設定されている値段を上回っていると感じた時、消費者はその価格に納得し、満足するのである。

事業再生においては、入浴料(入館料)の価格設定の見直しが行われることが多い。価格設定は、基本的には提供する価値に対して適正な価格設定であることが重要である。内容に見合っていない価格は消費者に受け入れられないか、経営的に継続できないという結果になる。

価格設定を再検証する上では、

・自店の提供する価値(施設とサービス)は地域においてどの程度の価格で受け入れられるのか

・想定される価格帯における競合関係はどうか

の2点を充分に検討することが大切である。

想定される価格帯が激戦ゾーンであれば、そこから抜け出すことも重要な戦略のひとつである。例えば、周辺地域において500円前後の価格帯に複数の競合施設がひしめきあっている状態であるなら、あえてワンランク上のグレード(650円~800円)に設定することで同質競争を避け、差別化を効果的に行える可能性がある。それを実現するためのリニューアルであれば、650円~800円の料金設定が可能な内容へとグレードアップすることがメインテーマとなる。

 しばしば、「集客力アップのためには値段を下げるべきではないか?」という議論を聞くが、この考え方には注意しなければならない。

いま、多くの消費者が温浴施設を選択する要因は必ずしも「安さ」ではない。自家風呂の普及が進んだ現在、温浴施設がないと生活に困るという人はほとんどいない。それにも関わらず温浴施設にわざわざお金と時間をかけて通うのは、癒しや美や健康、憩い…ひとことで言えば「自宅のバスタイムでは得られない豊かさ」のためであり、それを選択するときの基準は「安さ」よりも、

「支払う金額以上の満足が得られるか?」

「選択肢の中で一番良い思いができるのはどこか?」

といったことにウエイトがおかれている場合が多いのである。

消費者の気持ちになれば分かりそうなものだが、経営する立場になると、ちょっとお客様から「高い」と言われると不安になってしまい、値下げをしてしまいたくなるようである。

「これはいくらですか?高いですね。もっと安くしてください。」

このフレーズは海外に行く時に覚えておくべき外国語の必須会話である。価値と価格のバランス云々ではなく、買い物をする時の常套句としてクチにする人が多いだけなのである。そんなことでいちいち傷ついたり不安にかられていては身が持たない。

 値下げによって一時的に注目を集めることは比較的簡単だが、低価格をウリにしてビジネスを永続的に発展させていくことは困難である。

目先の集客のための割引を慢性的に繰り返せば、本来の料金設定は通用しなくなってきて、割引しないと集客できない状況に陥る。また、薄利になれば人件費や諸経費を切り詰めないと利益が確保できなくなり、結果温浴施設の存在価値であったはずの豊かさやありがたみが失われていき、客数減少の傾向に拍車がかかるという、本末転倒なことにもなりかねないのである。

むしろ「値上げ」によって経営が劇的に改善することも少なくない。2008年に原油が高騰した際、入浴料を50円程度アップする温浴施設が相次いだ。その後原油相場が落ちついても、ふたたび値下げをした施設は皆無である。これは、値上げによって収益性が改善したことを示していると考えられる。

 仮に値下げしたくなっても、料金体系そのものを下げるのではなく、せめて一時的なキャンペーンにする方法を考えたい。事業再生においては、値上げできる方法を見出すことの方が重要である場合が多い。いずれにしても、価格設定はマーケティング戦略に基づき、提供する価値に見合った価格設定でなければならないのである。

 過去の価格設定が施設やサービスの価値に見合うものであったかどうかを判別するためには、正規料金(入館料)と実態の入館単価の差異を確認しておきたい。

例えば、一般大人の入館料が1,000円に設定されていた場合、子供客比率が1割程度で子供料金が大人の半額であるとすると、平均入館料単価は95%(950円)程度となる。そこに各種会員制度や回数券、割引入館などが加わり、実際の平均入館料単価は一般大人料金の80%程度となるのが通常のパターンである。これが70%以下、ひどい時は50%以下にまで平均入館料単価が落ちていることがある。このような時は価格設定と実際の施設やサービスの価値との乖離が激しいと判断でき、価格設定の見直しか、価格に見合った内容にリニューアルすること、あるいはその両方を行うことが必要となる。

(4) 客数と収容力の検証

ここまでで述べたように売上と価格設定のイメージが固まってきたところで、客数を算出してみたい。

客数は想定される売上を客単価で割ることによって算出するが、その際、売上は付帯収入を除いた入浴料売上の予測値を使用し、客単価は前項で述べたように一般大人料金の80%程度を平均入浴料として想定する。(注:80%とするのはあくまでも一般論であり、子供客比率や割引率に独自の戦略が関わっている場合はこの限りではない。)

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年間入浴料売上÷平均入浴料単価(一般大人料金×80%)≒予測年間客数

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温浴施設には、「1:2:3の法則」と呼ばれる集客パターンがある(指標-1)。都心部や観光地などの特殊な立地条件を除いて、市街地や郊外立地などにおける一般的な温浴施設の集客パターンは、平常時の平日の客数を1とすると、休日はその約2倍、お盆や正月、GWなどのピーク日は平日の3倍の客数が来館する、という経験則である。

これによって1日あたりの客数を予測すると、平日の客数は年間客数のおよそ500分の1、土日はその2倍、ピーク日はその3倍ということになる。

例えば年間客数が20万人ならば、平日はおよそ400人、土日は800人、ピーク日は1,200人の来場となる。

過去の集客パターンが上記にあてはまるかどうかを検証することで、マーケティング戦略の確認にもなる。無理に平準化を図ろうとして平日に極端な割引価格を設定してしまっているケースをしばしば見かけるが、施設のキャパシティの上限を超える集客力がある施設を除いて、このような価格戦略は長期的にはマイナスに作用していた可能性を考えなければならない。同じキャパシティのあるビジネスでも、航空機やリゾートホテル等は購買頻度が低く、価格の弾力的な運用(イールドマネジメント)によって稼働率を平準化すべくコントロールすることが効果的とされるが、地域密着で日常的に利用される温浴施設においては、価格設定に対する不信感を招いたり、休日の利用がきっかけとなって定着する客層をつかむチャンスを失ってしまう懸念がある。原則は曜日に関わらず同一の料金設定であり、販促を仕掛けるタイミングは休日などの集客しやすいタイミングに実施されることが望ましい。この原則を無視した営業を続けていた場合は、それが業績不振を招いた一因であった可能性があるという点にも留意したい。

 温浴施設の収容人数は、基本的にはピーク日の来場者を丁度収容できるところに設定されていることが望ましい。例えば年間客数が20万人とした場合、ピーク日の来場者が1,200人で、ロッカー回転率(一日にひとつのロッカーが何人に使用されるか)が3回転であったとしたら、適正な最大収容人員は400人である(指標-2)。

この最大収容人員に標準的な1人あたり占有面積をかけると、適正な延床面積を求めることができる。例えば最大400人×1.3坪なら延床面積は520坪となる(指標-3)。既存建物の面積を前提にするのであれば、逆算して達成可能な集客人数、売上高の上限を求めることもできる。

 このようにして、マーケティング戦略(売上予測÷価格設定=客数予測)と延床面積の関係をチェックすることが重要である。このバランスが狂っている時、特に何かがボトルネックとなって目標とする客数が実際には収容できないような状態では、どんなに魅力的な設備や良いサービスを提供しても、温浴事業として良い結果を出すことは難しいのである。

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■指標-1(客数変動)

・平日:休日:ピーク日=1:2:3

■指標-2(ロッカー回転率の目安)

・入館者全員に館内着提供:約3回転

・原則として館内着なし(有料レンタルは考慮しない):7~9回転

■指標-3(在館者1人あたり占有面積の目安)

・滞留時間が短い(入浴のみの利用が多い)業態:1.2~1.3坪/人

・滞留時間が長い業態:1.7~1.8坪/人

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(5) 競合対策の検証

 全国的に温浴施設の出店が進み、過疎地域でも自治体ごとに公共温浴施設を保有していることが多い。いまや競合温浴施設が存在しないというエリアはほとんどなくなったと見て良いだろう。開店後に競合店が出店した影響によって業績不振に陥り、事業再生に取り組まなければならなくなったケースもあり、競合対策という観点は事業再生に取り組む上で非常に重要である。

自店が商圏とするエリアに競合する温浴施設があれば、その施設の魅力に打ち勝たない限り、顧客は奪われ、売上はダウンすることとなる。

 売上予測を行う上でも商圏内のポジション(順位)から予測シェアが導かれるが、現在は何番店で、どのようなリニューアルをすることによって何番店となり得るのかが、マーケティング戦略を決定する大きな要因となる。

温浴施設はさまざまな業種、多くの魅力が組み合わさった複合的ビジネスモデルであり、評価されるポイントも画一的ではない。商圏内でナンバーワン、オンリーワンと評価される要素をどれだけ持てるかによって競合店とどれだけ差別化できるかが決まる。自店と競合店の強み弱みを分析し、勝ち筋を見出すことが求められる。多額の投資を行わなくとも、既に持っている強み(経営資源)があればあるほど、事業再生が成功する可能性は高くなるのである。

 さらに、温浴施設としての魅力の方向性、コンセプトにも留意しなければならない。例えば、「癒し」と呼ばれる心身のリラクゼージョンと、「レジャーやエンターテイメント」という方向性は全く異なる。両方の経営資源があったとしても、これらの方向性が異なる魅力を同一施設の中で同居させようとした場合、その価値を打ち消し合ってしまう可能性がある。規模の大きい温浴施設であれば、ゾーンごとに異なるコンセプトを打ち出すといった方法も考えられるが、小型の施設においてはいずれかの方向性に絞り込む必要があり、結果として活用できる経営資源が限られてくるということも考えなければならない。

(2)  損益からみる

 事業再生計画をつくるにあたって、過去の営業損益を把握することは必須である。経営不振(赤字)を示す具体的な数値が残っていれば、どこに経営不振の原因があったのかをつかめる可能性は高い。そもそも売上が少なすぎたのか、構造的に高コスト体質が避けられなかったのか、経営手法に問題があったのか、少々の改善で黒字化するのかそれとも売上を何倍にもするような劇的な改善が必要なのか…などである。

 以下に、営業損益数値から経営不振の原因と対策を検討する視点を述べたい。

(1) 売上高

 入浴料売上の詳細検討については、前項の(1)マーケットから見る をご参照いただきたい。

もうひとつの見方として、「坪あたり年間売上高」というチェックの方法がある。仮に新規開業時の建築コストが坪あたり100万円であったとすると、健全に投資を回収していく(借入を10年間くらいで返済する)には少なくとも年間坪あたり10万円以上のキャッシュフロー(税引き後利益+減価償却費)が生み出されなければならない。売上高に対するキャッシュフローの比率を仮に20%(実際は各施設固有の収益構造によるが)とすると、1坪あたり年間50万円以上の売上高が必要ということである。延べ床面積が500坪であれば、年間2.5億円以上の売上高が必要ということになる。逆に言うと、年間売上高を延べ床面積で割ってみて、坪あたり50万円を下回っていたとしたら、資金繰りは相当に逼迫していたのではないかと想像される。経営不振の原因はマーケティングの失敗と初期投資の過剰にあるのではないかと大雑把に把握することができるのである。

付帯部門売上については、業態によってその構成比が異なるが、図のように入浴料売上よりも付帯部門売上が大きな構成比を占める業態もあり、これらの標準値とバランスを比較してみることによって、その温浴施設の特性や業績改善の可能性を探ることができる。例えば、長時間滞留型の健康ランドであれば、入浴料売上と飲食部門売上はほぼ同等(いずれも総売上高の40%程度)となるのが一般的であり、それよりも飲食部門の構成比が低ければ、通常のテコ入れで飲食部門の売上が伸ばせる可能性が高いということを示している。

全国の事例を探せば、飲食部門や物販部門、マッサージ部門などが最大の売上構成比を占めているような温浴施設も存在している。そのような特殊な成功事例が再現できれば、入浴料収入が不振であっても事業再生は可能ということも考えられるが、そういった成功事例はオーナーや運営者の特別な経営資源に支えられて実現しているものであり、誰もが同様の事業展開が可能とは言えない。

事業の結果は、誰にも保証できない。特に収入面は外部環境にも左右されるため、計算通りにはいかないという前提に立たなければならない。

事業再生計画においては、ほとんどの場合再生前の売上実績よりも伸ばすことが求められるが、ウルトラCを決めたり、普通ではあり得ないような高い収益性を期待しなければ事業再生が実現できないのか、それとも一般的なノウハウや経営努力の範囲でも事業再生できる可能性が高いのか、その見極めは大切であろう。

(2)原価

 温浴事業の原価には、一般的に「飲食部門の食材仕入れ」「売店部門の商品仕入れ」「マッサージ等運営委託部門の委託料」「入館料に含まれるリネン代(館内着、タオル等)」が計上されている可能性がある。業態や会計基準が企業によって異なるため、最終的な原価率あるいは粗利益率の数値だけを見ていてもそこから判断材料を見出すことは難しい。ひとつひとつ分解して、部門別の原価率、粗利益率を把握する必要がある。

・飲食部門原価

飲食部門の食材原価が適正であったかどうかを見るには、通常「FLコスト(食材費+人件費)」と言われるように人件費との連動性を考慮しなければならない。例えば、メニューを低価格で提供する代わりにセルフサービスにすることで人件費を抑えたり、加工済み食材を活用した料理メニューとすることで食材コストは上がるが厨房人件費を抑える、といったことがあるためである。飲食ビジネスにおいて、FLコストは売上の60%~70%に抑えることが必要とされている。人件費とのバランスは業態によって異なるが、一般的には食材原価率は30%~35%前後にコントロールされていることが多い。食材の仕入れ高が飲食部門売上に対して30%~35%を大きく逸脱している場合には、飲食部門の運営に何か問題があった可能性が高いと判断できる。

・売店部門原価

売店部門を直営としている場合、商品仕入れは売店売上の60%~80%を占めるのが一般的である。消化仕入れ方式であれば原価率は80%以上となる。委託販売方式でも施設側の収入は売店売上高の20%以下である(委託販売の場合、手数料収入のみとなり、売店売上は施設側に計上されないことが多い)。直営で取り組んだ方が、利益率が高い上に、品揃えに施設のコンセプトを反映しやすく、改善もスピーディであるため可能であれば直営としたい。

・トリートメント部門原価

ボディケア、リフレクソロジー、エステなどのトリートメント部門を専門企業に外部委託している場合、売上の70%~75%が委託料として支払われているケースが多い。これより低い場合は施設側に有利な条件だが、売上の80%を超える委託料を支払っている場合は、相場を知らずに不利な契約条件になっていた可能性を考える必要がある。直営の場合、施術者個人と雇用(委託)契約を結ぶ形となり、専門企業に外部委託する方式と比較すると利益率は高くなるが、運営リスクや雇用リスクがあるため、どちらの方式が良いかを一概に言うことはできない。

・リネン原価

 入館料に含まれる形でフェイスタオル、バスタオル、館内着等を提供し、そのリネン類の洗濯をリネンサプライに外部委託している場合、年間リネンコストを年間客数で割って、1客あたりリネンコストを算出する。各リネンの一般的な単価は、フェイスタオル15円~20円、バスタオル25円~30円、館内着上下80円~100円程度であるから、その合計額と比較して妥当な契約金額であったかどうかを検証することができる。ただし、通常のリネンサプライコストを低く抑える一方で契約解除時に施設側に大きな負担(残存額)が発生するタイプの契約方式をとるリネンサプライ業者もあるため、具体的な契約内容の確認が必要。また地域によっては相場が高く、相見積もりを取っても適正コストになりにくいケースもあるので確認する必要がある。

(3)営業支出(販管費)

・水光熱費

温浴施設の経営において、最も特徴的な支出が水光熱費である。浴槽には常に沸かした湯をたたえ、シャワーで大量の湯水を消費する温浴施設では、多大な水光熱費が必要となる。一般的に温浴施設の年間水光熱費を年間客数で割ると、1客あたり200円~350円程度のコストとなっていることが多い。水光熱費を左右する要因は、入浴客数をはじめとして、井水上下水道の環境、温泉利用の場合その湯量や温度、浴場と温浴設備の設計、気候、管理手法、省エネや節水への取り組み状況など多岐にわたっているため、単純化して把握するのは難しいが、過去の1客あたり水光熱費単価が200円を下回っているようであれば、元々利益を生みやすい条件を備えているということができるし、350円を上回っているとすれば、経営改善において水光熱費の抑制(節水と省エネ)が大きな課題となってこよう。

また、昨今は省エネ、環境対策投資への補助金や低利融資等も増えているため、設備改善にあたって上手に活用できれば事業再生の成功に寄与する可能性がある。投資の内容とタイミングによってどのような公的支援が活用できるかは異なるため、最新の情報を確認したい。

・人件費

 業態によってバランスは異なるが、水光熱費と並んで大きな支出になるのが人件費である。スーパー銭湯のようにフロントも飲食も券売機を使用して、オペレーション人員数を極力抑制した場合、売上の10%程度まで抑え込んでいる事例もある。逆にフロントやレストランでの人的サービスを充実させた業態では、人件費は売上の20%を超えることとなる。

ここで留意しなければならないのは、第一章で述べた温浴業界のライフサイクルである。とにかく出店すれば大量の集客ができた時代においては、コストを抑えることで利益を大きく確保することができた。しかし競合施設が増え、差別化できない施設は客数が減少する一方という時代においては、如何にして顧客を満足させるのかを追求し、他店との違いを打ち出していかなければならない。そのためにはある程度人的サービスを重視せざるを得ないのである。

経営不振に至るプロセスにおいては、おそらく相当にドラスティックな人件費削減が断行されてきたものと考えられるが、ローコストオペレーション一辺倒では時流に適応した温浴施設になることは難しい。事業再生計画においては、過去の人件費にとらわれることなく、適正なサービスレベルと利益水準をバランス良く維持するための最適な人員配置を考えなければならない。

・広告宣伝費

 経営が苦しくなった温浴事業においては、必ずと言ってよいほど広告宣伝費が削減されているが、本来集客が必要な時ほど、一定水準の広告宣伝費が確保されなければならない。広告宣伝費をカットすれば、集客手段としては割引券の配布くらいしかできなくなり、新規客の減少に加えて客単価の減少という悪循環に陥る。一般的に、健全な状態にある温浴事業では、総売上高の2~3%程度が広告宣伝費として計上されている。広告宣伝費を使わなくとも集客ができるのが理想ではあるが、事業再生に取り組むような場面においては、一時的には売上比3%以上の広告宣伝費も必要となろう。

・不動産コスト

 地代家賃をはじめとする不動産に関わる費用については、条件がケースバイケースであるが、一般的に言って温浴事業は、その使用する土地や建物の規模に比べて、地代家賃の負担能力は高くない。仮に売上高の10%も支払ったら、初期投資を回収するのはおそらく困難であろう。一般の小売店や飲食店などの商業施設とは収益構造が異なることに留意しなければならない。

以上、温浴事業の損益計算書を見る上で温浴事業特有の項目を中心にチェックポイントを述べた。他の費用項目についても、一般的な事業再生計画と同様にご検討いただければ幸いである。

(3)  運営面からみる

 温浴事業の再生において、「過去どのような運営がなされてきたか」の情報が得られるかどうかは、極めて重要である。特に施設の売買などで事業主体の交代を伴うケースでは、過去の運営情報が散逸してしまっていることも多々あるが、事業再生の可能性を探ったり、実際に事業再生に取り組む上では、少しでも多くの判断材料と経営改善の指針を得なければならない。

元従業員や取引先、顧客など、多方面からの情報を積極的に収集したい。

過去の運営情報から得られる事柄としては、

「運営方法の変更によって収支が改善する可能性の把握」

「将来発生する可能性のある経営リスクの把握」

が挙げられる。運営とは日々の些細な事柄の積み重ねであり、具体的に語りはじめればきりがないが、ここでは事業再生計画に大きな影響を与える可能性のある運営情報について解説しておきたい。

(1)運営方法の変更によって収支が改善する可能性の把握

・男女比率(月報等のデータから)

国勢調査によれば、日本の男女別人口の比率は男性:女性=49:51となっている。経験則であるが、一般的に温浴施設の男性客と女性客の比率も、ほぼ半々から、やや女性が多いくらいととらえている。

立地的に、繁華街や観光地のような特殊要因がある場合は、その立地特性に影響を受けて男女比率が変わる場合もあるが、一般的に近隣商圏の住民を対象にして自然にまかせた集客活動をした場合は、上記のように半々からやや女性が多いくらいになっている。

 ところが、特に立地に特殊要因があるわけではなく、普通に営業しているはずなのに女性客の方が少ないというケースが存在する。このような場合、少なくとも男女半々くらいまでは、それほど特別なことをしなくても女性客を増客できる可能性があると考えられる。つまり、男女比率が6:4から6:6になれば、客数20%アップということである。

そうなるためには、「何故女性客が少ないのか?」という点で館内を見直してみる必要がある。浴室、脱衣室、化粧コーナー、レストラン、休憩コーナー…館内のあらゆるところで、男女の求めているものや、不満足を感じる点に違いがある。

 温浴施設では、支配人をはじめとして経営幹部が男性であることが多い。男性の視点中心で計画され、運営されているために、女性客特有の心理に気づいていない可能性があるのではないか?と考えてみる必要がある。女性幹部がいなくても、女性スタッフから意見を募ったり、館内アンケートを男女別にクロス集計する、女性客モニター制度をやってみるといった方法もある。

 さらに、女性客を重点ターゲットと考え、意図的に女性客を集客している事例も存在する。カップルにしてもファミリーにしても、「今日はどこに行く?」という最終決定権を持っているのは女性である場合が多い。また男性にはあまり見られない女性同士のグループ客という客層もある。女性客を重点ターゲットとして、館内サービスも広告宣伝も女性客を重視した結果、男女比率が4:6~3:7になっている繁盛店が存在する。これはマーケティング戦略の勝利と言えよう。

・子供比率(月報等のデータから)

 国勢調査によれば、日本の12歳以下人口の比率は11.8%、つまり大人:子供=88:12となっている。経験則だが、一般的に温浴施設における子供客の比率もほぼ1割くらいとなっている。これは子供客を特に排除せず、自然にまかせた集客活動を行った場合である。一方で、過疎地や都心部などの立地的要因で子供が少ないケース、「大人のための静かな癒しの空間」のように明確なターゲティングやコンセプトを持っているケースや、「●歳以下のお子様は入場をお断りしています」といった営業方針をとっているケースでは、当然子供客の比率が低くなる。

 しかし、上記のようなケースではないにも関わらず子供客が少ないという場合、その原因を究明する必要がある。子供客に優しくない要素が何かあるのかも知れない。あるいは子供を連れた親に対する配慮に欠けている可能性も考えられる。

 ひとりの子供が温浴施設に行きたがれば、当然大人が連れてくることになるので、最低2人以上の集客となる。仮に子供比率5%の温浴施設が子供向けのイベントやサービスを強化すれば、子供比率は10%以上に伸びる可能性があり、さらにそれに同伴する大人の集客もできるので、客数全体が1割程度伸びる可能性もある。

・固定客比率と固定客化の仕組み(新規客対応力、会員制度等)

新規客がリピートし、固定客になるまでのプロセスを確立するには、単に顧客満足を追求しているだけではなく、様々な仕組みが必要である。特に初回来店時の対応で、リピート来店につながるかどうかが決定する。新規客から常連までを区別せずに同じ対応をしていては、固定客がなかなか増えず、常に集客に追われることとなる。この点を意識して固定客化の仕組みづくりを行っているか否かで中長期的な客数が大きく変わるのである。

特に小商圏型の温浴施設では、開業から数年も経てば来店客の9割以上がリピータで構成されているのが一般的である。大商圏型であっても、来店客の過半が新規客という状態が何年も続けば、やがて息切れして客数ダウンが避けられなくなる。いずれのタイプの温浴施設であっても、(1)新規客を区別して対応すること。 (2)初回~来店履歴の浅い利用客に対する次回来店促進の仕掛けを持つこと。 (3)ポイント会員制度等、固定客手段を持つこと。 (4)モバイル会員等、固定客との安価な通信手段を持つこと。 といった取り組みが重要である。既存の取り組み状況を確認したうえで、事業再生においては、より強固な仕組みを取り入れたい。

・対外営業活動

 不特定多数の個人客を対象とする温浴施設にとって、対外的な営業活動というのはイメージされにくいが、実際には数多くの営業チャンスがある。宴会やイベント企画の集客活動、あるいは法人会員制度のセールス等で商圏内の事業所を回ったり、町内会、老人会などの各種団体へのアプローチ、一般の店舗や集客施設にチラシやポスターの設置依頼、新聞や牛乳販売店の販促ツールとしての割引券の提供等などである。これらが効果的に行われていたかどうかを確認し、不足があれば改善したい。

・サービスデー

子供の日、26の日、レディスデー、シルバーデーなど、毎月特定の日を割引日とする手法がある。これが定着してしまえば新しい企画を考える手間が省け、告知にもコストがかからないため多用されがちであるが、固定化すると他のキャンペーンとの併用が困難になったり、既得権化して止められなくなったりする懸念がある。客単価ダウンの悪循環に陥る原因でもあり、サービスデーを固定化することは避けたい。

・広告宣伝費の使い方

 前項の(2)損益から見る でも述べたが、売上を伸ばして行こうとする場面では、売上に対して通常3%程度の広告宣伝費予算を確保し、年間を通じて積極的な集客活動を行いたい。ただし、この使い方は費用対効果を充分に検討したうえで、有効に使われなければならない。よく見られる問題点に、「企画内容や使用する媒体が固定化し、反応率が落ちているにも関わらず、工夫が足りない=マンネリ化」「集客数の平準化を意識しすぎて、あまり反応が期待できないタイミングに多額の費用をかけている」といったことがある。これらの問題が存在していたら改善して、より有効な広告宣伝活動を行えば、集客力を取り戻せる可能性も高くなる。

・館内アンケート

 過去に館内アンケートが実施されていたとしたら、そこから様々な顧客の声をつかむことができる。満足度、不満足度の把握はもちろん、クロス集計を行えば、客層別の意見の違い、施設への期待など非常に重要な情報を得ることもできよう。リニューアルや事業再生にあたっては、そのような顧客の意見を反映することも重要であるし、通常時もアンケートは継続して実施すべきであろう。また、アンケート結果を読むだけではなく、いただいたご意見に対するフィードバック、従業員教育への活用、記名方式にすることで無責任な意見やいたずらを排除するなど、運用上の工夫にも留意したい。アンケート=顧客の声は、すべての経営改善の出発点であると考える必要がある。

・ワークスケジュール(勤務シフト表より)

 売上高に対する人件費の比率についての考え方は前に述べたが、単に比率の問題だけでなく、その運用方法に踏み込んで検討することによって、具体的な問題点や改善点を抽出することができる。

時間帯、曜日、シーズンによって温浴施設の集客数は大きく変動する。在館客数に連動して稼働人員体制がコントロールされていれば、一定のサービスレベルを提供することができるが、ロングシフトを多用したり、従業員の都合に迎合し過ぎたマネジメントを行っていると、繁忙期にサービスレベルの低下を起こしたり、閑散期に余剰人員を抱え、無駄な人件費が支出されているといったことにもなりかねない。サービス業である以上、時間帯別にきめ細かく人員体制や仕事の内容をコントロールするマネジメント力が求められるのである。

・日次予算管理

 年間売上目標を、毎日の売上予算、客数予算に落とし込み、日々刻々と予算達成状況を確認しながら、営業活動やコストのコントロールを行っていたかどうかを確認したい。この意識を持って日々の運営にあたるのと、与えられた持ち場で漠然と作業をこなしているだけとでは、当然のことであるが、生産性が全く異なってくるのである。事業再生を余儀なくされるところまで経営不振に陥る原因は様々ではあるが、多くの再生案件においては過去に日次予算管理といったマネジメントは行われていなかったという点を指摘しておきたい。

・付帯部門の利用率・単価

温浴施設には飲食部門、トリートメント部門、売店部門、そしてコイン式マッサージ機や自動販売機まで、さまざまな付帯収入のチャンスがある。スーパー銭湯や健康ランドなどのある程度標準化された業態であれば、これらの付帯部門も一般的に達成可能な業績水準が存在する。「スーパー銭湯で来館者数がX万人なら、アカスリコーナーの月商はY万円くらいになる。」といった考え方である。このような観点から既存の付帯部門の業績を検討していくと、標準値と比べて極端に弱い(簡単なテコ入れで改善できる可能性が高い)部門や、そもそもそのような商品やサービスが存在しなかったために、ビジネスチャンスを逃していた、といったケースもある。

(2)将来発生する可能性のある経営リスクの把握

 施設のリニューアルや運営体制の刷新を行い、事業再生に取り組む上では、思わぬトラブルで事業再生プロジェクトを頓挫させないためにも、将来発生する可能性のある経営リスクをあらかじめ把握しておく必要がある。特に事業主体の交代がある場合は、過去の運営情報がすべて引き継がれるとは限らないため、慎重に調査を行う必要がある。

温浴事業特有のリスクとしては以下のようなものが挙げられる。

・安全衛生について

2000年から2002年にかけて、複数の温浴施設でレジオネラ菌の発生による死亡事故が相次いだことも、時間の経過とともに徐々に忘れ去られつつあるように思われる。しかし、実際には今日でもレジオネラ菌が検出されて保健所の指導を受けたり、営業停止になるケースはなくなっていない。

事業再生に向かう前の経営状態を考えれば、安全衛生対策も、コスト削減の中で犠牲になっていた可能性は否定できない。過去にレジオネラ菌が検出されて保健所から指導や警告を受けていたり、そのことを当時の従業員が知っていれば、後になってから風評が広がるといったリスクも考えなければならない。万が一レジオネラ菌による事故を起こしてしまったり、そういった風評が広がれば、営業上のダメージは計り知れない。過去の運営において日々の塩素濃度測定、定期的な配管洗浄など、安全衛生管理が適切に行われていたかを確認する必要がある。特に長期間運転を停止していた設備は、安全衛生上問題があるケースが多いので注意が必要である。

また、防災設備の保守点検などにも同様のことが言える。コスト削減を追求するあまり、法定点検やメンテナンスを怠って大きな事故につながる可能性もある。

・コンプライアンス

温泉表示の偽装や、許可を受けていない井水や川水の不適切な使用、バイパス配管による下水道料金のごまかしなどで温浴施設が報道の対象となることも少なくない。違法な増改築がおこなわれていないかどうかも確認しなければならない。

不正事件が発覚すれば、罰金や追徴金といった金銭的な問題だけでなく、信用の失墜という点でも重大なダメージを負うことになる。事業再生に取り組んでいる最中に表面化すれば、再生計画そのものが水泡に帰す恐れもある。事業再生に着手するにあたっては、これらのリスクの確認は前提条件と言えよう。

温浴施設特有の経営リスクについていくつか述べてきたが、程度の差はあっても、潜在的にこのようなリスクを抱えている温浴施設は少なくない。ましてや経営的に厳しい状態が続けば、安全衛生やコンプライアンスがあと回しにされてきた可能性は高いと考えるべきであり、これらの問題を解決することも含めての事業再生であるととらえるべきかもしれない。

リニューアル手法の判断基準

(1)リニューアル投資の分類

リニューアル投資は、その性質から

 (1)修繕・更新(経年劣化等に対して施設の機能を維持するために避けられない投資)

 (2)安全化(保守点検や安全衛生など、顧客や従業員の安全性を確保するために避けられない投資)

 (3)増収(売上や顧客満足度を向上させるのための投資)

 (4)コストダウン(省エネや節水、省力化などによるコスト削減のための投資)

 に分けて考えることができる。

経営不振に陥った温浴施設の事業再生にあたっては、(3)(4)のように業績改善に直接貢献するリニューアルを優先させたいところであるが、実際には事業を継続するために(1)(2)を避けたり後回しにすることは難しい。したがって、現実には(1)(2)(3)(4)の全ての要素を含むリニューアルを行うことによって、事業再生を実行してゆくこととなる。逆に言えば(1)(2)が避けられないからこそ、(3)(4)の効果を最大限に追求したリニューアルを行うことで、事業再生を実現するのである。

(2)リスクテイク

 以前、ある投資ファンドが買収した大型ウォーターパークのリニューアル企画を検討する会議に出席する機会があった。

そこではリニューアルプランのひとつとして、新しいウォータースライダーの導入が議論されていた。レジャープールなどにあるウォータースライダーは人気アイテムのひとつであるが、量産されるようなものではないため、その値段はかなり高価で、1メートルあたりに換算して軽く70万円以上の投資がかかるといわれている。

そのウォーターパークでは、年々減少する一方だった客数に歯止めをかけ、どうやって人気を復活させかを議論していたが、

「そのすべり台を導入すると、集客が何人増えるんだ?」

会議に出席していた投資ファンド側のトップが発したその一言で、議論はそれ以上前に進むことができなくなった。

 数年経って、その大型ウォーターパークが閉鎖されることになったというニュースを耳にした。あの時、リニューアルに踏み切っていたら、結果はどうなっていたのだろうか…と思うことがある。

「メリットとデメリット」

「費用対効果」

「リスクとリターン」

こうした言葉は経営判断を迫られる場面でよく使われる言葉である。一見ものごとを冷静に評価していて聡明なスタンスであるように見えるが、経験上これらの言葉に軸足を置いた議論がされている時は、なかなか前向きな結論に至ることはできないようである。

 リスクやデメリットを無視して猪突猛進すべし、と言いたいのではない。しかし、本当に重要で大きな目標があってそれに向かわなければならない時は、個別投資の費用対効果ではなく、目標達成の手段としてひとつひとつの投資項目を検討しなければ決断は難しい。

リターンや効果が期待できるのは、前項で述べた増収やコストダウンに対する投資であるが、これはどれだけ精密に計画を練っても、計算通りの結果が出るとは限らない。リスクやデメリットばかり見ていては何も実行に移すことはできない。情報収集や分析、あるいは専門家のアドバイス等によって、予見できるリスクやデメリットは可能な限り排除した上で、最終的にはリスクをとって前向きな決断をしない限り、事業再生はスタートできないということを忘れてはならない。

(3)事業収支シミュレーションからの判断

 リニューアル手法を病気になった人の治療法に置き換えてみれば分かることだが、治療法はひとつではない。外科手術以外にも内科的療法や東洋医学的なアプローチ、即効性のあるものから時間のかかるもの、リスクの大きいものから小さいものまで様々な手法が検討される。最終的に尊重されるのは本人の意思である。

事業に置き換えれば、その検討プロセスを支えるのが事業収支シミュレーションである。これは財務、営業、運営、企画設計、工事といった様々な角度から事業再生の見通しについて検討していくせめぎ合いである。予算ありきやハード先行といった進め方ではなく、すべて対等の立場で理想論から多様な選択肢までをバランス良く検討することが重要である。

「事業収益が悪化しているが、施設が老朽化・陳腐化した状態では業績回復は難しい。」

「老朽化・陳腐化してしまった施設の機能や魅力を回復するにはどのような投資が必要なのか?」

「ふたたび集客力を取り戻し、望ましい客単価水準にするためには何が必要なのか?」

「それを実現するためにどれだけの改装費用が必要なのか?」

「その費用をどのようにして調達し、返済するのか。健全な資金収支を保つことができるのか?」

「健全な資金収支にするためにはどのくらいの事業収益が必要なのか?」

こうしたせめぎ合いを繰り返し、事業収支シミュレーションを何度もつくり直しながら、最終的には事業リスクを負っている事業主体の意思によって、リニューアル手法が選択されることとなる。

事業主体の資金調達力、事業存続への意思、どこまでリスクテイクできるのか、期待する利回り…などには個別の事情がある。したがってリニューアル手法の判断基準も個別の事情によるものであり、普遍的な答えがあるわけではないが、一般論を申し上げるなら、以下のような考え方をご判断の参考としていただければ幸いである。

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●リニューアル投資回収は3年以内、長くても5年以内に

●坪あたり70万円(リニューアル総事業費÷延床面積)を超える投資は慎重に・・・魅力ある施設をつくろうと理想を追求していけば、改修したい箇所はいくらでも出てくるし、投資額は膨らむ一方となる。しかし、坪あたり70万円以上の投資をするとなると、もはや新築時の投資と大差なくなってくる。まだ使える既存の建物や設備が残っているからこその事業再生であり、坪あたり70万円ラインを超えない範囲でのリニューアルが難しいのであれば、事業再生以外の選択肢も検討しなければならない。

●余裕のない資金繰りは絶対に避ける・・・資金繰りが悪化し、支払いや返済が滞ったりする状態は企業の信用力を低下させるだけでなく、経営判断そのものがすべて資金繰り優先となり、急激に経営を悪化させる懸念がある。いわゆる安物買いの銭失いをしてしまったり、仕掛けるべきタイミングで販促を打てなかったり、限度を超えたコスト削減を行ってしまったりするのは、それが良いと思ってやっているわけではなく、資金繰り上そうせざるを得なくなってしまっているケースが多い。事業収支シミュレーションにおいて資金繰りに余裕がないことが見えている場合は、そのまま実行に進むのではなく、投資額の圧縮、返済条件の変更交渉、収益性の向上など、さらなる検討が必要であろう。

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(4)ソフト面のリニューアル計画

古い温浴施設のハード(設備や内装)をリニューアルしただけでは、後から開業してより魅力的なハードを持った競合店に打ち勝つのは難しい。ソフト面のリニューアルを同時進行することで、はじめて抜本的な業績改善が実現することを見落としてはならない。

以下に比較的成果を上げやすいソフト面のリニューアルについて解説する。

(1)フロントのオペレーション変更

フロントの接客力を強化することによって、特に客単価アップに著しい効果を期待することができる。最近は券売機方式ではなくてフロントにスタッフを配置する温浴施設も増えてきているが、実際にはまだうまく機能していないケースも多い。

フロントスタッフの主な仕事には、

・お客様への声掛け

・お客様の見分け(新規客や会員への対応等)

・入館受付

・鍵の受け渡し

・リネンの受け渡し

・館内のインフォメーション

・マッサージやレストランのお勧めトーク

・各種予約受付

・物品販売

・会員制度のご案内や入会受付

・館内放送

・お帰りの精算

・お帰りの見届け

などがあるが、フロントの人員が不足していたり、教育が不足している状態だと、受付や鍵の受け渡し、精算といった基本業務の処理だけに終始してしまいがちである。それでは券売機とあまり変わらず、むしろ券売機の方が効率的かも知れない。フロントに人を配置しているのなら、フロントの仕事内容をさらに分解して、どうすれば客単価向上や満足度向上、リピート促進につながるのか?をひとつひとつ見直していけば、たくさんの改善点が見つかるはずである。券売機をPOSシステムに変更したり、リネンの受け渡しをフロント業務と切り離したり、といったオペレーション変更とともに、接客力を強化すればその効果は下手な設備投資よりもずっと大きいのである。

(2)飲食部門のオペレーション変更

 温浴施設の飲食部門は、食券販売機を設置し、セルフサービスで運営しているケースが非常に多い。何億円という投資をして、年間数万人~数十万人の集客をする施設をつくっておきながら、そこで発生するビジネスチャンスを最大限に活かすという意味では、券売機+セルフサービスという業態ではどうしても限界がある。飲食に対するニーズがあっても退館して周辺の飲食店に流れてしまう可能性が高いのである。

同じ温浴施設の飲食部門でも、フルサービスでメニューが充実している店と、簡易サービス+簡易メニューの店とでは客単価(飲食売上÷総入館者数)で何倍もの違いが生じる可能性がある。オーダー方式の問題だけではなく、人材や厨房の機能なども含めた総合的な判断が必要ではあるが、飲食部門のリニューアルはこれからの温浴施設リニューアルの主流のひとつになってくるであろう。

(3)IT化

 温浴施設におけるIT化というとまず思い浮かぶのがPOSシステムである。券売機精算からバーコードやICキーバンドを利用したキャッシュレス精算とすれば、同じ業態のままでも客単価の向上が期待できる。他にも様々な顧客の利便性向上、金銭トラブルの防止、数値データの分析活用などのメリットがある。運営レベルの向上を目指す上では、POSを導入するかどうかは非常に大きな影響力を持っている。

またモバイル会員システム、従業員のシフト管理システム、デジタルサイネージなども、温浴施設の運営に適したものが出てきておりこの数年間で急速に進化している。これからはIT化による運営の合理化、レベルアップというテーマが軽視することのできない要素となってくるであろう。

(4)現場スタッフのレベルアップ

 ソフトのリニューアルを考える上で最も重要なのは人材のレベルアップである。温浴施設の現場運営は、パート・アルバイトスタッフに頼るウェイトが大きいため、その教育や管理体制にどこまで注力しているかによって、運営力には大きな差がついてくる。

作業や接客のスキルを向上するといった基礎的な底上げはもちろんのこと、サウナにおけるロウリュ・サービスのようにスタッフがエンターテナーとなってお客様を楽しませたり、お客様の癒しと健康をサポートするという意味で館内の全スタッフがセラピストであるという意識を持たせるといった考え方も生まれている。

前述の飲食部門に関しては料理とサービスのレベルアップを図るために、調理・ホールそれぞれの担当マネージャー業務を外部委託することでプロの技術とノウハウを導入するといった方法もある。

いずれにしても、事業再生において施設(ハード)のリニューアルは、同時に人材や運営(ソフト)レベルを向上させるまたとないチャンスである。事業全体の総合的なリニューアルを意識し、ハードとソフトの両輪を揃えることで、より大きな成果につなげていただきたい。

リニューアル効果を最大限に。好業績を維持するための運営とは

(1)はずみをつける

 施設の老朽化と業績低迷という状況下においては、おそらく厳しいコスト削減が行われており、運営現場のスタッフは成果のない毎日に自信喪失してしまい、モチベーションを保つ人は稀である。やる気のあった優秀な人材もすでに流出してしまったかも知れない。

そのようなタイミングでいきなり再生リニューアルに踏み切っても、ソフトが付いていかず、思うような成果が上がらない可能性がある。何かをやろうとしても「失敗したらどうする」「クレームになったらどうする」といった後ろ向きな意見が現場の大勢を占めてしまい、実行のスピードが遅くなったり、強引に実行したとしても腰が引けた中途半端な取り組みになってしまうのである。

リニューアルオープンの話題性が発揮できる期間は最大の集客チャンスであり、過去の悪いイメージを払拭するためにも、このオープンから数ヶ月間の集客に対してどれだけ新鮮な驚きと満足を提供できるかが勝負である。

もし事業主体や運営スタッフが従前から継続して事業再生にあたるのであれば、リニューアル工事で閉館する前に、ぜひとも徹底的な運営改善とリニューアル閉館キャンペーンに取り組みたい。そうすることによって、既存顧客のリニューアルに対する期待感を醸成すると同時に、モチベーションを失っていた現場スタッフの意識を切り替え、前向きな気持ちを甦らせることができる。

また新たな事業主体や運営体制でリニューアルに臨むのであれば、万全の事前準備を行い、リニューアルオープンと同時に一気に集客を仕掛けると同時に、来館者に十分な満足を提供しなければならない。

しばしば「運営に不慣れなうちに大量集客をしたり、大幅なオペレーション変更をするとお客様にご迷惑がかかるから…」という理由でひっそりとオープンさせることがあるが、リニューアルオープンという新鮮な話題性がなくなった後に、いくら集客活動を行っても思うように集客できず、いつまで経っても低空飛行が続いてしまうおそれがある。

前章までで、様々な角度からリニューアル戦略や改装プランの手法を検討してきたが、リニューアルの効果を最大限にするためにも、リニューアル前から、あるいはリニューアル直後にはずみをつけて一気に不振状態から脱出できるような運営を行うことが重要である。

(2)オープンは通過点にすぎない

事業再生というと、リニューアルオープン時は話題となり、マスコミに取り上げられることも多い。改装工事の竣工式典では参列者が口々に「おめでとうございます。」と言うだろう。しかし、その施設がその後どうなったのかということになると、あまり情報が表に出てこない。実際には思ったように業績が上向かず、ふたたび撤退してしまったというケースもある。おめでたいかどうかは、オープン時点ではまだ分からないのである。

 再生リニューアルである以上、過去の設備や運営手法の問題点を引きずりながら、100%理想とは言えない状態でリニューアルオープンを迎えざるを得ないことも多々あるだろう。オープン後も課題は山積なのである。

 事業再生において、改装オープンはひとつの通過点に過ぎない。オープン後の運営努力や場合によっては追加投資を行いながら、課題をひとつひとつ解決し、年々成長し続ける経営を行わなければ、華々しいリニューアルオープンの後にまた業績低迷し閉館、ということにもなりかねないのである。

(3)成長体質が好業績を維持する

温浴施設のハードは、時間の経過とともに劣化が進むため、作りっ放しで手入れをしなければすぐに不具合や汚れが目立つようになってしまう。またオープン後に何の変化もなければ、顧客にはいずれ飽きられてしまうだろう。さらに競合店の出店や消費体験を積んだ顧客全体の要求レベルが高まるなど、時間の経過は常に業績を悪化させる要因をはらんでいる。

そして、ソフト面も時間の経過とともに熟成するとは限らない。リニューアルオープン時に研修を積んだスタッフも徐々に入れ替わっていくし、慣れや油断から運営力・サービス力が低下すれば、あっという間に業績は下降するだろう。

こうした経年劣化による業績低迷を引き起こさないためには、時間の経過とともに成長し続けるような企業体質を獲得していなければならない。

成長体質を持った運営組織のあり方について、特に重要と思われる項目を以下に述べたい。

(4)成長企業の経営構造

(1)所有と経営と運営

 温浴事業においては、その土地や施設の所有と、事業経営と、現場運営のそれぞれが異なる目的を追求している場合がある。

一般論であるが、所有者が考えているのは土地の有効活用による不動産収入の最大化であったり相続対策であったりすると同時に、文字通りその場所から動けないため、地域社会との長期的な融和を重視する傾向が強くなる。

経営においては、短期的には事業計画の達成や資金繰りであり、中長期的には事業の発展と永続がテーマとなる。

そして運営においては現場の安定や、直面する顧客の満足追求が重視される傾向がある。

それぞれの目的を矛盾なく実現することは難しく、特に事業収益が十分でない時には、関係者のストレスは非常に大きなものとなってくる。所有と経営と運営が一致(オーナー = 社長 = 総支配人)していて、なおかつそれなりに繁盛していれば問題はないが、オーナーが温浴事業経営の知識や技術に長けているとは限らず、それが事業健全化の足かせになってしまうケースもある。

ホテル業界などでは、マネジメントコントラクト(管理運営委託契約)方式が普及している。これは明確に所有、経営、運営の分離をする方式である。ホテルオーナーは、所有の役割に徹し、子会社や関係会社にホテル経営会社に経営機能を持たせ、ホテルの管理運営は運営会社(ブランド力のあるホテルチェーンなど)に委託する方式である。1970年代頃から米国で広がり、現在では世界の多くのホテルがこの方式で運営されている。ホテルオーナーは、ホテルを貸し出すと同時に経営会社から賃料を受け取る。ホテル経営会社はホテルを経営し、運転資金を確保し、ホテル従業員も基本的には経営会社に帰属する。そしてホテル運営は専門のホテルオペレーターに委託して運営委託料が支払われる。それぞれの長所が上手に組み合わされば、リスクを分散し、事業収益を最大化するための良い方法であるが、事業規模が小さすぎると3者(所有と経営と運営)が十分なメリットを享受することができないため、温浴事業の平均的な事業規模だと導入に適しているかどうかは微妙なところである。

一概にどの方式が良いとは言えないが、より高い運営レベルを目指していく上で、多様な事業スキームを模索し、そのメリット・デメリットを理解した上で事業構造を組み立てなければならない。

(2)テナントか委託か直営か

 また、施設内のさまざまな部門の運営において、テナントか委託か直営のいずれの方式を選択するかという点も重要である。テナントや運営委託で他社が入っている場合、専門的なノウハウや人材を簡単に導入できる半面、温浴施設全体での意思統一を図るという点ではどうしても難がある。

温浴ビジネスは、単なる公衆浴場業というよりは、癒しや健康、レジャーをテーマに様々な業種が組み合わさった複合サービス業である。多くの温浴施設で、飲食やトリートメント、物販、ゲーム等の業種が複合しているが、これらをすべて直営でやっているケースは少なく、ほとんどの場合テナントや運営委託方式などを組み合わせて、それぞれの業種専門の人材や経営ノウハウを導入している。

理想を言えば、すべて直営で取り組むことができれば、温浴事業経営者の考えを各部門にダイレクトに反映することができるし、他社が介在しない分、利益率は高くなるはずである。また何よりも、リスクを張って大きな投資をして年間数万人~数十万人を集客する温浴施設をつくっておきながら、そこで発生するビジネスチャンスを簡単に他社に渡してしまうのは惜しい、とも思える。テナントや運営委託先が常に期待するような運営をしてくれれば良いが、相手のあることであり、いつもそうなるとは限らない。

付帯部門とは言っても、それぞれが個別に店舗として成立するひとつの業種であり、温浴事業会社がすべての業種の高度な専門ノウハウを自社で確立するのは簡単なことではない。だからといって最初から諦めるのではなく、あくまでも最終的な理想は直営化であることを念頭に、各部門の運営にしっかり関わっていくことが大切であろう。テナントや委託先に任せっぱなしでは、全体の意思統一やスピーディな改善は難しい。

全国でも突出した繁盛店には、各部門を直営化している事例が多い。当然直営化による苦労も多いと思われるが、テナントや運営委託を安直に組み合わせただけで長期的な繁盛を実現するのはもっと難しいということなのではないだろうか。

いきなり直営化は無理だとしても、「場所貸し → 運営委託 → 部分的運営委託 → 直営」と、少しずつでもステップアップしていくという長期目標を持つことが大切だと考える。

(5)成長企業の経営スタンス

(1)装置産業という意味の捉え方

 温浴事業とは装置産業ではなく、本来サービス業であり、ホスピタリティビジネスである。すでにハードの魅力のみで勝負できる時代ではなくなっていることは前に述べた通りであが、ハードによって運営のあり方がほとんど規定されてしまう、というのもまた厳然たる事実であろう。収容人員(ロッカー数)を何人にするか。着替えは提供するのか。レストラン席数をどのくらいに設定するのか…。これらは一度決めてそのようにつくられたら、そう簡単には変更できない。開業後に業績改善のために収容人数や運営方法を変えようとすれば、再び大規模なハードの変更が必要になり、それには多くの投資が必要となる。投資回収を考えたら、そう気軽に変更できるものではない。

健全なビジネスとして、運営ノウハウや人材のレベルアップで成長していくスタートラインに立つためにも、施設や設備の状態が適正であることが前提条件である。温浴事業は他の業種と比較して、ハードだけでやっていけるという意味ではなく、ハードから受ける制約・影響が大きいのである。その意味では温浴事業はやはり装置産業であると言うことができるだろう。

(2)追加投資によるハードの維持・更新

温浴施設のハードは、毎年発生する保守修繕以外に、4~5年に一度は内装およびFFE(家具・什器・備品)の更新、8年~10年ごとに設備も含めた大規模なリニューアルが必要になると言われている。これらを見越した資金計画としていなければ、適切な追加投資タイミングを逸し、それが原因で事故が発生したり、ふたたび業績が低迷することにもなりかねない。

しばしばカランなどに「故障中」の札をつけてそのままにしているようなケースを見かけるが、開業当初に設定した入館料は、当初の施設の状態に見合った水準であり、その入館料を維持するためには、施設は少なくとも新築時と同様の機能を維持していなければならないと考えなければならない。

(3)常に健全な事業であること

 事業が健全な状態とは、売上や利益などの業績が望ましいレベルにあるというは勿論のことであるが、経営者や社員が楽しくイキイキと仕事をしていて、たくさんの取引先も顧客も喜んでいる、そんな状態のことであろう。

健全な状態にあるときは、少々のストレスには負けない。事業には日々さまざまなストレスがつきまとうものであるが、知恵と努力で乗り越えることができるし、少々疲弊することがあっても、また回復することができる。

これがひとたび不健全な状態になると、すべてがマイナスに向かい、悪循環が続き、ついには回復不可能なところまで落ち込んでしまう。

集客不振だから販促やイベント、従業員のレベルが低いから教育研修、資金繰りが悪いから資金調達、老朽化したからリニューアル…というように対症療法的な考え方だけでは、短期的に苦痛から逃れることはできても、本当に企業を健全化することとは異なるのではないか。

生物には、外的あるいは内的な変化に影響されながらも身体の秩序を安定した状態に保とうとする力(ホメオスタシス)が備わっている。社会(家庭、地域、企業、国家…)も、ヒトの集合体である以上、同じように本来はいつも健康になろうとしているはずである。一時的に病むことはあっても治ろうとしているはずであり、本当に大切なことは対症療法ではなくて、不健全化の原因を取り除き、免疫力や自然治癒力を高めることだと思われる。

精神論や根性論ばかりをふりかざすわけではないが、健全かどうかを見極めるためには、ハードやデータよりも、人を見た方がよく分かる。関係者に笑顔があって、前向き、積極的な姿勢の人たちなら、間違いなく事業も健全であろうし、逆なら不健全状態である可能性が高いと思われる。

不健全に陥ってしまう理由は様々にある。そもそもの事業スキームや契約形態に問題があったり、経営陣の資質に問題があったり、ハードに重大な欠陥があったり、悪徳業者に騙されていたり…。現場努力と関係ないところで経営にストレスがかかり続けるような原因があるのではないだろうか。

そういった根本原因が未解決のまま、どんなに業績改善の手段を尽くしても、成果にはつながりにくいし、対症療法のみでは本質的な健全化を図ることは難しい。マーケティング戦略やリニューアル企画以前に、まず現在の状態が健全なのかそうでないのかを見極め、不健全であるとしたら何が原因で、それをどうやって解決するのかを考えなくてはならない。

健全な温浴事業は、経営者に成功をもたらし、雇用を生み、各種取引先や地域の活性化、顧客の満足や幸せを生み出す。人が生きる以上は健康でありたいと願うのと同じで、常に健全な状態で永く続けることこそが事業の目標のひとつである考えたい。

(4)表のハイコスト裏のローコスト

 温浴事業の経営環境が厳しいものとなってきた昨今、コスト削減が業界の合言葉のようになっていた時期がある。

原油の高騰が起きると、燃料代だけでも年間数百万円から数千万円のコスト増となり、それだけで利益が消し飛んでしまったり、赤字に転落する可能性もある。対抗手段として入館料の見直しやコスト削減に真剣に取り組まざるを得ない状況となるが、ここで気をつけなければならないのは、コスト増をそのまま顧客に転化することはできない、ということである。

何ら価値が変わっていないのに値段だけが上がれば、当然のことながら買い控えが起こる。入館料を値上げすれば客数減、飲食メニュー価格を上げれば利用率や注文点数が減る、といった具合である。

さらに、人員の削減や、過剰な節水をしたりシャンプーなどのアメニティ類や消耗品の質を下げたりといったコスト削減をすれば、顧客不満足が起こる。

温浴事業経営者が決して忘れてはならないのは、「今どき、誰の家にも風呂はある」ということである。自宅よりも水圧の弱いシャワーや、品質の悪いアメニティを提供している温浴施設にわざわざお金を払って行く価値があるだろうか?

「家で風呂に入るより良い気持ちになれる」、「自宅より豊かな気分が味わえる」ということが温浴施設の重要な存在理由なのであり、顧客が見るところ、触れるところをコスト削減の対象として良いかどうかは、慎重の上にも慎重に検討する必要がある。

 競合の激化に市場の縮小傾向が重なって、温浴施設の客数は全国的に減少傾向にある。その状況で業績を維持、あるいは向上させていくためには、「客数をなるべく減らさずに客単価を上げる」という考え方をベースとしなければならない。その時に重要な考え方が「表のハイコスト裏のローコスト」である。顧客が見るところ、触れるところはハイコストにして十分な顧客満足を提供し、むしろ客単価を高める方向へ改善する。一方で裏方では徹底的なコスト削減や合理化、省エネに取り組み、無駄をなくす。この切り替えが大切である。表も裏もなしにむやみなコスト削減をしても、結局客数を減らし、客単価も落としてしまい、決して皮算用通りには行かないということに留意しなければならない。

(5)安易な安売りはしない

 多くの温浴施設が集客に苦戦する中、値下げによって集客力を取り戻そうとするケースがある。実際、温浴施設同士で値下げ合戦に陥って、入館料の価格相場が著しく低下している地域もある。しかし、本来値下げとは大きな危険を伴う経営判断であることを忘れてはならない。

本来の価格設定から値下げすることは、安さによる顧客の支持率アップ以上に、利益率の低下や現場の士気の低下というマイナス面が大きく出てしまう可能性が高い。

もし値下げを検討するような局面になったら、もう一度以下のポイントを見直してみて欲しい。

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◆本来の価格は適正価格ではなかったのか?

 競合店が価格下げしたからウチも下げねば…。では競合店がさらに値下げしたら、自店はどうするのか。それに追従し続けるのだろうか。逆に競合店が値上げしたら、ウチも値上げして良いのだろうか。他店と同じものを仕入れて売っているような商売ならともかく、温浴事業はサービス業である。お客様に提供している価値は、施設によってそれぞれ異なるし、それをつくり出すためにかかっているコストも異なる。かかったコストに応じて、適正な利益を乗せた価格を設定することは当然のことではないだろうか。

その価格を風向きだけで上げたり下げたりするのは、震災で食べ物に困っている人に対してソーセージ1本5

◆利用動機は安さとは限らない

 安さのみを求める顧客はより安いところへ行くだろう。しかし、より高い満足度を求める顧客は、例えばガイドブックを見て、内容の良さそうなところや料金が高めのところからどの店に行くかを選ぼうとする。

満足を求めて少々遠くても出かけようとしている人や、たまには気分良く過ごしたいと思っている人は、「わざわざ行く甲斐があるのかどうか」で判断する。すべての人がいつも低価格指向とは限らないのである。

確かに、いつも来る常連客は値下げしたら喜ぶかも知れない。しかしそれは「何もしなくても来てくれる人に対して値下げして、わざわざ来ようとしている人達を遠ざける」→「値下げしても客数が増えずに客単価が落ちる」という結果に終わる可能性もあるということをもう一度考えてみたい。

◆集客が目的なら、イベントやキャンペーンで

「お客様が来てくれないことには始まらない」ということで値下げを断行することがあるが、値下げ=集客力アップとは限らない。

料金表を変更しなくても、イベントやキャンペーンで集客することはできる。一時的に集客しても定着しないとすれば、それは価格の問題というよりも、繰り返し利用したいと思わせるだけの魅力がないことが問題なのである。それを現状の魅力のレベルに合わせて値下げしてしまったら、企業としての成長がどこにもない。値下げの前に、館内満足度アップのためにできることを実行すべきではないだろうか。

逆に、値下げして利益率がギリギリになってしまうと、それ以上の割引がしにくくなるため、効果的なキャンペーンができないということにもなりかねない。料金設定には、一時的な割引やプレゼントができる余地(利幅)を残しておくことも必要なのである。

◆客単価の減少を防ぐ準備があるか

  当然のことながら、入館料の値下げは入館単価の減少を伴う。それを補うだけ客数が増えてくれればいいが、そううまく行くとは限らない。値下げしても客数があまり増えずに客単価が落ちる事態を想定して、それをカバーできる付帯収入、つまり飲食やトリートメント、物販などの利用率や単価を伸ばす方策が伴わなければ、値下げは売上減少に直結しかねない。

◆再び値上げするのは困難

 一度下げた価格を、再び値上げしようとした場合、顧客から非常に強い反発を受ける。当然客数も減少する可能性が高い。値上げには大規模リニューアルや原油の急騰など、誰もが納得するような大義名分が必要であり、それが伴わない値上げは非常に難しい。「値下げがうまくいかなかったら、また戻せば良い」というわけにはいかないのである。

◆値下げはいつでもできる

 値下げそのものには、特に準備はいらない。顧客からも歓迎されるし、値上げと違って料金表示を変更するだけであるから非常に簡単で汗もかかない。値下げはいつでもできるのである。その前にやっておくべきことは残っていないだろうか?値下げは、「万策尽きた時に、玉砕覚悟でやる最後の手段」と考えたい。

もし値下げを考えているなら、少なくともここに書いたポイントに対して、すべて納得できる答えがあるという状態になってから、値下げに踏み切っていただきたいというのが筆者の願いである。

(6)人材の成長が企業の成長

「温浴施設はパート・アルバイトの比率が高いから、運営レベルを上げるのは難しい」

「長時間営業だから、スタッフ全員揃えて教育したりコミュニケーションをとるのは困難」

というような考え方を耳にすることがあるが、これらはすべて言い訳に過ぎない。

パート・アルバイトと言っても雇用形態が正社員と異なるというだけで、仕事の能力や労働意欲が正社員に劣るわけではない。逆に言うとパート・アルバイトスタッフを戦力化するためのマネジメントがどれだけできるかによって、その温浴施設の運営力が決まってくるのである。

顧客と接するのは現場スタッフであり、このスタッフの動きや接客力によって、顧客満足度は大きく左右される。また顧客の声や現場で何が起こっているかを一番分かっているのもスタッフであるから、問題点を見逃さず現場改善につなげていくためには、スタッフの気づきと改善提案力が必要不可欠である。

配属されたスタッフが日々成長し、優秀な人材が定着するような企業であれば、時間の経過とともに、運営力は向上するだろう。そのために経営者としてやらなければならないことは無限にあるが、成長体質の本質はここにあると言っても良い。

(7)従業員の施設利用

 温浴施設の経営者や支配人に対して、「スタッフのみなさんが入浴する時はどのような仕組みになっていますか?」という質問をすることがある。

スタッフはもちろん家族まで完全無料という太っ腹なところもあれば、社員割引や一定枚数の入浴券を発行しているところ、お客さまと同様の料金を徴収するところもあり、制度はまちまちである。

1人が温浴施設を利用すれば数百円の水光熱費がかかるし、着替えやタオル、アメニティ類もあるのでコスト負担は少なくありませんが、できれば積極的にスタッフの入浴を奨励していただきたいと思っている。

理由は単純である。顧客にお勧めするモノやサービスを自分が理解していかなったら、上手にお勧めできるはずがないからである。スタッフの接客マナーやテクニックをどうこう言う前に、まず自分たちが働く施設のことを理解し、それが気に入っているということが大前提ではないだろうか。スタッフひとりひとりがお風呂、サウナ、食事、マッサージ、etc…館内のことをひと通り理解して、それを気にいっているなら、顧客にも本気でお勧めすることができるだろう。たとえ説明の仕方が稚拙でも、心は伝わる。逆に心にもないことなら、いくら上手な説明トークを訓練したところで、顧客を納得させるのは難しい。また、顧客の立場で施設を体験することによって、改善点を発見することもあるだろう。

ある施設では、

「率先して良い入浴マナーを実践し、お客さまの模範となるような行動をとってください。」

「勤務中の他のスタッフとの馴れ合いの会話は、お客さまの迷惑になるので慎んでください。」

といった注意喚起をしつつ、スタッフの入浴を奨励している。

スタッフの意識改革、館内改善点の発見、お客さまのマナー向上…いろいろなプラスの効果があるので、経営者や幹部はもちろん、一般社員、パート、アルバイト、テナントの方々も、取引先の方々も、全員が積極的に入浴するような仕組みづくりに取り組んでいただきたいと思う。

そして本人だけでなく、家族や友人も自分が働く温浴施設に招待したい、退職後もずっと利用したい、という気持ちを持ったスタッフばかりになってくれば、その施設の業績がいつまでも悪いはずはないと思うのである。

(8)顧客管理と固定客化

 会員制度などによって顧客の来店履歴を記録していると気づくことであるが、新規客がその後何度もリピートし、定着してくれる確率は決して高くないものである。1~2度来店してそれきり来なくなることも多い。

もし新規客が高い確率で定着し、固定客になってくれれば、その温浴施設の客数は増える一方であろう。実際にそうならないのは、失客しているからである。明らかな顧客不満足による失客もあれば、競合店に流れたり、単に生活習慣として根付かず足が遠のいただけということもあるだろう。

新規客が何度もリピートし、固定客となるためには、

・基本的な満足が提供されている

・常に新鮮な魅力がある

・他店にない魅力がある

・店との人間関係、信頼関係が構築されている

といった基本的な要素と同時に、固定客化促進のための仕組みを持つことが大切である。

大商圏型、小商圏型のいずれの温浴施設であっても、一定の商圏の中で商売していることには変わりなく、いつまでも新規客を追いかけているだけでは、いずれ限界を迎えるということを忘れてはならない。

【図表:固定客化のプロセスと手法】

最近、携帯電話のメールアドレスを登録するモバイル会員制度の重要性が高まっている。ほとんどの人が常時持ち歩いている携帯電話を使って会員登録ができ、ほぼ無料で自由にメール配信ができるモバイル会員制度は、これからの固定客販促手法の主軸になってくるものと思われる。

とはいえ、温浴業界において、モバイル会員制度の活用法はまだ試行錯誤の段階にある。モバイル会員システムも様々な機能や料金体系のものが提供されているが、まだシステムとしては発展途上である。

たくさんの顧客が円滑に会員登録できる仕組み、効果的な販促企画、会員データの管理、他の会員制度やPOSシステムとの連動、コストの抑制…など課題は山積みだが、このモバイル会員制度ノウハウの完成度を高めることが、温浴業界の成長にとっても重要課題であろう。

(9)自宅より豊かなバスタイム

年齢や髪型、髪質によって、使用する整髪料は人それぞれである。男性で言えば、ムースにリキッド、ワックス、ポマード、スプレー、ジェル・・・コンビニやドラッグストアに行けば、いろいろな整髪料がズラリと並んでいる。

ところが、温浴施設の化粧コーナーには、たいてい1種類の整髪料しか置いていない。複数のブランドを置いている場合でも、結局ヘアリキッドだけである。これでは、残念ながら一部の人しか使えず、他の人は諦めて何もつけずに帰ったり、自分で持参したり、ということになる。とても快適とは言えない。

どんなにたくさんの種類を置いても、ムースとリキッドとワックスを同時に使う人はいない。1人が使うのは1回分なので、消耗品のコストはほとんど変わらない。

それよりもいろいろな整髪料がズラリと並んでいたら贅沢感があり、いつもと違うものを使ってみようかな?といった楽しみも生まれる。

アメニティのすべてに同じことが言える。シャンプーも1種類しか置いていない施設が多いが、もっと種類を増やしたとしても、全部使ってみたいから何度も洗髪しよう、なんていう人はほとんどいない。1人が使う量=コストはほとんど変わらないのである。

コスト削減に走るあまり、安物のシャンプーをさらに水で薄めるなんことをやっている施設もあるが、そんなことで一時的にわずかな利益を出しても、顧客を失望させたダメージの方がずっと大きいだろう。

自分の髪や肌に使うアメニティ類は、それが良いものなのかそうでないのかは敏感に分かってしまうものである。

そもそも、消耗品のコストは1客あたりに換算して全部で数十円であり、そこを節約したところでたかが知れている。それよりも、自宅で使っているものよりも贅沢!というくらいのレベルにすることで、客単価アップや来店動機につなげた方がずっと有効である。

「自宅よりも豊かなバスタイム」。それが温浴施設のあるべき姿であるということを忘れてはならない。

(10)ソフトの成長は無限

経営には一過性のできごとと、積み重なっていくことがある。人気アイテムを導入して、一時的に集客力がアップしても、いずれ陳腐化し飽きられてしまう可能性は高い。イベント企画や広告宣伝が上手く行って、たくさん集客できたとしても、その来館者がリピートしてくれなかったら、それも一過性のことに過ぎない。

逆に様々な運営努力を通じて得られる経験は、ノウハウの蓄積や人材の成長という形で積み重なれば、そのレベルは無限に上がっていくのである。

「実行」の後には必ず「結果」がついてくる。期待以上の結果を生むこともあれば、期待に届かないこともあるが、良い結果を生んだ施策はその企業の運営ノウハウとして定着するし、実行したものの思うような結果にはならなかった、という経験もまた貴重である。結果を見ながらさらに考察、改善を重ねていくことができるだろう。

この繰り返しこそが「企業の成長」のプロセスなのではないだろうか。すべては実行あればこそで、もし考えたり悩んでいるだけで実行しなかったとしたら、決してこの階段を昇ることはできない。

いまは変化の激しい時代である。のんびりしていると、アッという間に時代に置いて行かれてしまうだろう。「スピーディな実行力」を持って成長し続けることが何よりも重要なのである。

(11)本当の繁盛店になるために

本当の繁盛店とは、単に業績が良いということではない。

(1)年々、売上が伸びていく。

(2)初期投資を順調に返済している。

(3)定期的に追加投資を行い、常に時代の要請に応えて変化し続けている。

(4)顧客満足度が高く、お客様から喜びの声、お褒めの言葉をたくさんいただく。

(5)時折クレームをいただいても、すぐに改善につなげることができる。

(6)各種媒体から取材の申し込みが次々と入ってくる。

(7)あまり広告宣伝や割引販促を行わなくても集客できる。

(8)マナーの良い優良顧客がどんどん増えていく。

(9)リピーターとなった会員顧客名簿が増えていく。

(10)施設が常にメンテナンスされ、清潔な状態が保たれている。

(11)就職先としても人気があり、採用にはあまり苦労しない。

(12)社員の定着率が高く、年々運営力が向上していく。

(13)地域から愛され、感謝されている。

といった状態にあり、そしてさらに成長・発展し続けるのが本当の繁盛店であろう。そうなることを願って、温浴ビジネスに取り組まれた方も多くいらっしゃるのではないか。

ところが、2006年から温浴業界の成長に陰りが見えはじめ、世界同時不況がさらに拍車をかけ、日本経済も出口の見えない苦境が続いている。90年代からのハイペースな温浴施設の新規出店は明らかに減速し、廃業や撤退という残念なニュースも増えた。

ピークを過ぎた温浴市場はこのまま衰退していくのだろうか。それとも高齢化社会や健康志向の高まりといった流れにのって、ふたたび成長・発展の軌道に乗ることができるのだろうか。

それを決定するのは、本書でお伝えしてきたように事業再生、あるいはその段階に至る前の事業活性化を実現できる力を持った企業がどれだけ出てくるかにかかっているのではないかと思う。

温浴事業の成否は、景気や市場動向、立地条件といった外部要因やハードだけで決まるのではない。前述の繁盛店の条件を見ていただければ分かるように、むしろ経営スタンスや運営力が左右する要素の方が大きいのである。

 参入すれば誰もがそれなりに成功できた時代が過ぎたからこそ、ソフト面の実力を備えた温浴事業者が飛躍するチャンスが訪れている。

「ソフトの成長は無限。」このことは大きな希望である。

2010.08公開 2017.01改訂